西条町上三永に三永の石門(みながのいしもん)がありました。明治初めに国道2号線の改修のため、西条側と竹原側の分水嶺に設置された石造りアーチ式の橋ですが上部に農業用水路を通す必要があった上路水路橋でした。昭和53年現国道の拡幅のため移転して現在地に保存されたそうです。明治初めにすごい技術ですね。



 ここで西国街道にもどります。ため池の淵を通って再び山の中へ進んでいきます。県道375号線下をくぐり左折すると日向一里塚がありました。平成18年に移築復元したものですが、この一里塚の間を通った先の西国街道の姿は大変さを感じました。



 山道に入ってすぐ道が分からなくなりました。木の幹にピンクのテープが結んであります。道しるべとして結んでくれていますが、本当に助かりました。これがないと道に迷うほど道は荒れていました。



 しばらくこのような道が続きます。道らしい所もありますが猪が掘っていて歩きづらいです。ため池が現れました。人工的な物だと思いますが意外と広さがありました。落葉で覆われた道は石など凹凸が分からず足をねんざなどしないように気を遣います。やがて峠のような所に出ました。道標があり「旧山陽道松子山峠」と書いてあります。



 そしてほどなく広島中央エコパークというゴミ処理場の建物があり、舗装された道に出ました。この頃になるとくるぶし上まで覆う登山用の靴で両足のくるぶしが擦れて痛みがひどくなってきていました。長い距離を2日続けて歩いているので仕方がないのですがつらかったです。



 西条の町が見えてきました。駅付近が今日の終着地ですのでそこまで頑張ります。どこか休めるところはないかと探していると地図上にひまわりカフェを見つけました。吸い寄せられるようにカフェに入って席に着くと本当にほっとしました。いちごパンケーキとコーヒーでゆっくりやすみました。
(^_^)



 西条四日市宿に入りました。ここは旧山陽道の最大の宿場として整備されました。大名の参勤交代時に使う本陣は普通地元の有力な家を使うものですがここでは藩が直営で本陣をつくり「御茶屋」と呼んでいたそうです。



 西条四日市は宿場ができた頃から日本酒の醸造が始まったと言われています。その後多くの研鑽が積まれ、兵庫の灘、京都の伏見と並ぶ「日本三大銘醸地」となりました。街道脇には酒蔵が建ち並び「西条酒蔵通り」が目抜き通りとなっています。





 通りにはマンホールの蓋(ふた)にもあるように酒造の煙突が立ち並んでいて活気ある町の様子でした。



 この日は3万5千歩、約21kmの歩きとなりかなり疲れました。食事後はすぐに寝ました。つかれた~(-_-;)

      

          
   NO.20

R6.12.17
    
日内内~西条四日市宿


  田万里往還



 二日目はタクシーで昨日の終了地点まで戻ってからスタートです。最初から山に入っていく道になります。



 少し山道を進むと県道49号本郷大和線の下をくぐります。トンネルの先に旧道が伸びていますが、旧道すれすれまで工事が行われ土肌が見える状況でした。なんとか山陽道は残っていますが風景はあまり気持ちの良いのもではありませんでした。



 先へ進むと人の気配が感じられず、猪が道を掘り返している山道となりました。今日も鈴を付けて地図をパンパンたたきながら前に進みます。小一時間ほど歩くと横大道(よこだいどう)の集落が山の上から見られるようになりました。少しほっとします。



 やがて西廣島道、東大阪道の石碑がある交差点に着きました。このあたりには横大道古墳群の案内が見られます。ここも豪族が勢力を持っていた交通の要衝だったのでしょう。



 道は山際の少し高い位置に続いています。途中、大きな石碑がありました。そこにはかつて船谷一里塚があり旅人の歩く目安となっていました。旅を続けていて一里塚を発見すると安心します。昔の人達もきっと同じ気持ちだったのだろうと思います。



 道のすぐ近くに猪の罠(わな)がありました。昨日から5台ほど見ています。畑には動物柵や電気柵が設置されていてこの柵がないと収穫もままならないのだろうと思います。私も畑をやっていますが、カラスにつつかれたりネコにほじられたりして悔しい思いをしたことがあるので、大変だなあと感じます。



 街道は田万里(たまり)川を渡り右岸を進むようになり田万里往還の表示が出てきます。西国街道はその地域で様々な呼び方をされていますが、ここでは山陽道・田万里往還となっています。しばらくはこの往還を進みます。
 田万里市の案内が出てきました。当時ここは間宿(あいのしゅく)として本陣、問屋、旅籠、茶店など35戸の集落がありました。



 道に鹿の足跡が頻繁に見られるようになりました。川の砂地には足跡がいっぱいです。また会うかななどと考えていると鹿が山を駆け上がって行きました。鈴を付けていたので早く気がついたのでしょう。写真を撮る暇もありませんでした。(^^;)
 竹原市田万里町の山陽道沿いに石立神社がありました。その軒先に大きなスズメバチの巣を発見してびっくり、不安になりましたが冬となり現在は活動していないと考え、安心しました。



 この日の昼食は店もなく、昨夜買っておいたおにぎりを三永(みなが)の石門付近の道路脇で食べました。