万沢宿~久遠寺
 H28.12.20  約25km


   西行公園 



 歩き始めてすぐ万沢の集落を登っていきます。眼下に町並みが見られました。



 山道に入ります。林道の先は車も通れない道となります。分かりづらい道は相変わらずミッテル頼みです。途中何度も道を見失い、感と経験を頼りに進むしかありませんでした。身延道は整備されておらずやはり大変だと思いました。



 途中古道は通行止めになっていて引き返したりして時間がかかりました。



 やっと山の上の西行公園に出ました。ここは西行法師が文治2年(1186年)「風になびく富士の煙の空に消えて ゆくへも知らぬわが思いかな」と富士山が噴火して煙がたなびいている頃に読んだ場所だそうです。



         


 
 公園付近にあったお地蔵さんに無事を本気で祈りました。(^^;)



 遠く富士川の流れが望めました。西行公園からは甲駿往還の看板があるのですが、道は整備されておらずこれが道かなと悩むのでした。



 久遠寺への道半ばには真篠砦(まじのとりで)の遺構がありました。武田方の守備拠点だったそうです。
 

 道は相又川に沿って進むようになりました。



 国道に出たかと思うと山の道に戻ることを繰り返しながら歩いて行きます。



 夕方に久遠寺(くおんじ)門前に着きました。この地の地頭(じとう)だった南部実長(なんぶさねなが)に招かれた日蓮聖人(にちれんしょうにん)が興(おこ)したお寺です。南部という名は盛岡にも関わりのある名だと食事をした店のおかあさんが教えてくれました。





      

   



 

                                 


 
身延山道   NO.2