宿場が江戸幕府によって制定されてから4百年がたったことを記念する石碑がありました。

笠寺では節分祭の準備なのか 業者や檀家(だんか)の人々が忙しく働いていて抱き地蔵などめずらしい地蔵が祀られていました。


宮本武蔵の碑や芭蕉の塚など新しい石碑ですが昔ここが関わりのある地だったのだと思うと歴史を感じます。

笠寺一里塚に植えられた木は大木になっています。昔から旅人を見守ってきたのかな。

有松町に入りました。織田信長が今川義元を討った桶狭間にほど近く、池鯉鮒(ちりゅう)宿と鳴海(なるみ)宿の中間となる間の宿(あいのしゅく)です。有松・鳴海絞りの産地として発展しました。

この道は京都への歩き途中にも通った道と重なり桶狭間の古戦場で前回と同じく休憩をしました。今回は近くの今川義元本陣の寺も見学できたのですが、あまりにも道を間違えたため疲れて早めに終了することにしました。
NO.8 H18.1.29
名古屋宮宿~池鯉鮒宿 約20km
笠寺 桶狭間古戦場
出発前に熱田神宮でもう一度お参りをしたとき、花婿花嫁さんが見られました。幸せそうです。(^_^)


出発して東海道を探しますが名古屋は大都市なので東海道をたどることはなかなか難しいです。いろいろ資料を探してきたのでどうやら分かりますがそれでもしばしば道をはずれてしまい、元に戻るのに時間と距離が必要となり、なかなか前に進みません。東海道と美濃道の分岐がありました。

伝馬町(てんまちょう)商店街が東海道となって います。

