公家(くげ)の出で軍総督を務めたり内閣総理大臣も務めた政治家で多くの影響を政界に与えたそうです。



 清見寺(せいけんじ)は往路でも寄ったところですが、今回は裏の庭園や屋内なども見学しました。





 放浪の画家、山下清のスケッチの思い出の文が境内に有り印象深かったです。


 いよいよ薩捶(さった)峠です。旅人は目の前に現れる富士山の姿に感動したことと思います。富士山がきれいに見えるところですが、時間が遅くあまりはっきり見えなかったのは残念。でも興津宿(おきつしゅく)で購入した鯛焼きを食べて海を眺め旅人の気分になりました。





 由比宿(ゆいしゅく)ではあかり博物館に寄りました。ここは個人経営で館長さんの熱意あふれる説明やお母さんのおいしい珈琲で十分に楽しめました。



 家の裏手にはなんと信号機が設置されておりそれも見せて頂けました。近くで見ると意外と大きくてびっくりでした。



 この日は由比駅で終了しました。

        

     


NO.20  H19.3.3
江尻宿~由比宿  約18km
※山道のため地図では歩行路が正しく表示されません

   薩捶峠 



 清水では清水次郎長の生家や墓を見学しました。幕末・明治の博徒(ばくと)で大きな博徒同士の争いで有名です。清水湊(みなと)に入った咸臨丸(かんりんまる)が新政府海軍と抗戦し、幕軍は全員が死亡し、その遺体が放置されていたのを埋葬(まいそう)したところ新政府軍にとがめられました。しかし次郎長は仏に新政府も幕軍も無いと突っぱね墓も作ったそうです。







 その後、咸臨丸事件がきっかけで幕臣で思想家の山岡鉄舟(てっしゅう)と交際が生まれました。晩年は博徒犯処分規則で服役(ふくえき)もしました。

 西園寺公望(さいおんじきんもち)公の別荘が復元され公開されていたので見学しました。