牛が不思議そうな顔をして立ち止まると闘牛士は牛の前で「どうだ!」という顔で背筋を伸ばします。観客からは拍手がわき起こります。



 実はこの牛たちは15分程すると布と人を見分けるようになり、人は大変危険になるそうです。そのためルールで15分以内に牛を殺せなければ闘牛士には罰金もあるそうです。また見苦しい場を見せた闘牛士は大きな会場には呼んでもらえなくなります。優秀な闘牛士には名誉と1000万円を越える収入があり、CMにも出演したりするそうです。



 

 その後防具を身にまとった馬に乗って槍を持った人が現れました。牛はそこにも突進します。ぶつかったとたん槍は牛の背に浅く刺さりました。他にも闘牛士達が現れ、牛の背に浅く銛(もり)を指し傷つけます。これは最後にとどめを刺す闘牛士が一対一の勝負をするとき、牛が元気なままだと牛の方が圧倒的に有利に成り、闘牛士の命が危ないからだそうです。時間はあと少し、さあ最後の勝負になります。



 マタドールは牛を何度もぎりぎりでかわします。そして剣をついに牛を仕留める物に替えました。牛もマタドールもすぐ近く正面で向かい合い、にらみ合います。牛は角を下げ突進します。今度はマタドールもにげずに正面から突っ込みます。観客も息を止めてこの一瞬を見つめます。角がマタドールを突き刺そうとしたその瞬間、剣が牛の首近くに深々と刺さり、マタドールは横っ飛びに身をかわしました。



  牛が向きを変えマタドールに向き直ったと思ったとたん、牛は前足を折るように地面に崩(くず)れ落ちました。マタドールの勝利でした。剣は牛の心臓を一突きだったのです。会場は大きな拍手とオーレオーレの声で満ちていました。
 実はこの後登場したマタドールはなかなか牛を仕留(しと)められなかったり、3番目に登場した若いマタドールは角で足を刺され、ズボンを血で染めながら牛にとどめを刺すという状況もありました。やはり真剣勝負なのですね。

 この胸が熱くなる光景はしばらく目に焼き付いて離れませんでした。このスペインの文化は今後も残っていけるのでしょうか。自国の文化に誇りを持っている人達がたくさんいて、周囲がそれを理解してくれればきっと続いていくものだと私は思いますし、私はその理解者の一人になりたいと思いました。

      

    


       
  H25(2013).8  NO.3



 闘牛を見る機会はトレド観光からマドリッドに帰ったその日に訪れました。



 ラス・ベンタス闘牛場は2万人も入る名門の闘牛場です。場内のイスはコンクリートで硬く、200円ほど払って四角い小さな座布団を借りて座ります。この日は闘牛場に5分の1も入っていません。ずいぶん少ない。
 夕方から始まる闘牛場は半分が日陰になっています。この日陰の部分は死を現し、日向の部分は生を現すそうです。その日の闘牛が終わると会場は死の部分に包まれるということになります。動物愛護団体からは残酷だからやめろとの声もあり、実際にスペインのカタルーニャ地方では州法により禁止になりました。



 しかしスペイン人は言います。食用の牛は狭いところで餌を与えられ育って、電気ショックで殺され食べられる。闘牛用の牛は広々とした牧草地でのびのびと育ち、その性格(闘いを好む、気性が荒い)を存分に生かした場で殺され同様に食べられる。どっちが牛にとって幸せなんだ!また闘牛のニュースは新聞の文化欄(らん)に載ります。スポーツではないのですね。



 ともあれマタドール(闘牛士)が多くの従者を従えて入場です。貴賓席のオーナーが白いハンカチを振って開始の合図となります。495キロと牛の体重が示されます。いよいよ始まりです。 
 ファンファーレが鳴ると1頭の黒い牛が現れました。一人の闘牛士が会場に立つと牛はその人間を見つけたとたん猛ダッシュで突進します。
        速い!



 人は壁の後ろに隠れます。今度は反対側から現れた人が牛を挑発します。牛は猛ダッシュで人をめがけて走ります。また隠れる。少し牛が疲れた頃メインの闘牛士が登場しました。その闘牛士はその突進にまったく怯みません。赤い布を使いぎりぎりのところでかわします。上手にかわすたびに会場からはオーレオーレの声がかかります。