職人かたぎ譚
中野孝次著「光るカンナ屑」(小学館)より
連載 その7.
そして私は昔のあの無名だがすばらしい技を持っていた職人たちを懐かしく思いだすのである。柳宗悦も『手仕事の日本』の最後でそのことに触れていて、作者名のあるものばかり尊び、無名の職人の作を軽んじるのは間違っているとして、こういう。 〈私たちは無名の職人だからといって軽んじてはなりません。大勢の工人たちが作り得るものだからといって、蔑(さげす)んではなりません。なぜなら仮令(たとえ)彼らが貧しい人々であり、作るものが普通のものであろうとも、大きな伝統の力に支えられていることを見逃すわけにはゆきません。彼ら自身は小さくとも、伝統は大きな力であります。それが彼らに仕事をさせているのであります。のみならず彼らの多くは辛抱強く年期奉公を経て、腕を磨いてきた工人たちであります。その腕前には並々ならぬ修行が控えています。どんなに平凡に見えても、誰にでもすぐ出来る技ではありません。それに仕事をおろそかにしないのは、職人の気質でさえありました。 それゆえ彼らにも仕事人の誇りがあるのであります。ですが自分の名を誇ろうとするのではなく、品物を作るそのことに、もっと誇りがあるのであります。いわば品物が主で自分は従なのであります。それゆえ一々名を記そうとは企てません。こういう気持こそは、もっと尊んでもよいことではないでしょうか。実に多くの職人たちは、その名を留めずにこの世を去ってゆきます。しかし彼らが親切に拵(こしらえ)えた品物の中に、彼らがこの世に活きていた意味が宿ります。彼らは品物で勝負をしているのであります。物で残ろうとするので、名で残ろうとするのではありません。〉 |