職人かたぎ譚 
中野孝次著「光るカンナ屑」(小学館)より

連載 その2.

 道具の刃が鈍ってくりゃ研ぐ。が、この道具研ぎってえのがこれまた難しいもんでね。
研ぎがちゃんとできりゃ一人前っていうくれえのものだ。腰をしっかり据えて砥石に向かい、ノミやカンナの刃を刃面がまるくならねえように水平に動かす。一定の角度で力をこめて平らに研いでいくんだが、初めの内はこれがなかなかできねえんだよ。
 小僧があてがわれる道具なんて、もうさんざん使いこんで刃先が短くなったようなやつだが、これでも職人の道具ってえのはどんなに古くとも現役だ。むしろ使いこんだものほどドキドキするくれえ鋭い。それをこれまた使い減らされて板のように薄くなった砥石で研ぐ。中砥で充分に刃先が鋭くなるまで(注)研ぎ、仕上げ砥にかける。表七回裏三回のわりで丹念に研ぎ上げ、カンナ屑に触れただけでスッと切れるくらいに仕上げるもんだ。
 ところが、職人なんて、なんにも見てねえようでちゃんと意地悪く小僧の動きを目の端で捉えているもんでね。小僧の手の動きだけで今どんな研ぎ方をしているかが分かるから、ちょっとでも変なことをするりゃすぐふっとんできて、一発横っ面を張られてしまう。
 でもその反対に、自分でもじっくり根気よく研げて、砥石の面に乳みたいな砥クソが流れ出し、刃先がたしかに研がれているのが分かるときは、これは研ぎの醍醐味といっていい。無念無想、自分がカンナの刃先になったように研いでいくのは、なかなかいい気持ちのものだよ。


(注)研ぎ減らされて刃先に刃返りができるまで

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