きのうも言ったように、職人の世界とはからだに覚えこませた技だけがものを言う世界だよ。だから職人仲間じゃ学問があろうと弁が立とうと、いい仕事ができねえようじゃそんなやつは職人として一文の値打ちもねえとしたもんだ。 (中略) これはおれが辰叔父の家で修行したころだってそうだ。初めは親方の家の拭き掃除や子守り、仕事場の後片付け、材料はこび、職人衆の使い走りをやらされるだけで、仕事のことなんかこれっぽっちも教えてくれやしねえ。大体この世界では学校みたいに手取り足取り教えってくれるなんてことは絶対にねえのよ。みんな自分から見聞きして覚えなきゃならねえんだ。 つまりまずそうやって職人の世界になじませるってえことが大事なんだな。職人の仕事のしぶり、気っぷ、習慣、材料や道具の名前、その使い方、カンナの掛け方、ノミの使い方、そういうことに慣れるってことが大事なんだ。理屈や講釈ぬきにからだで覚えることがな。 「辰、そこの三尺の束をもってこい。」といわれてまごまごしていようもんなら、たちまちどなられるかひっぱたかれるかするから、自分でたえず気をつかってものの名を頭に入れておかにゃならない。 だからこの世界ではなにより気働きってものを重んじる。ボヤッとしてるようじゃいつまでたってもうだつが上がらねえ。使う場所によって違う材の名、いろんな道具、仕事の段取り、そういったことを普段から親方や職人衆のやるのを見て覚えておいて、言われたらぱっと応じられる様にしておく。仕事場の後片付けってのは、だから実は非常に大事なことなんだ。技は盗めというが、これも同じ心がけを言ったもんだな。 |