この日恐る恐る乗った初めてのリフトは昔の感覚と一緒で、ここへ来て初めてほっとしたように思います。降りるときに少し緊張しましたがなんとか滑り出しの位置に着くことができました。見下ろすスキーコースは初心者のコースでしたが、心臓がドキドキしました。曲がれるんだろうか?転んだときはどうするんだっけ?色々な思いが頭に浮かびます。



 そして「行くか!」と心を決めて滑り出しました。するとターンするときはこうだったとか重心はこちらにかけるんだったとか忘れていた感覚が一気によみがえります。半分ほど滑って止まると身体がものすごく硬くなっていることに気がつきました。ただ安心している心も感じます。もっとリラックスして滑るようにしようと自分に言い聞かせました。











 下まで降りてみると友人も大丈夫でしたよと声をかけてくれ、この日は一度も転ぶことも無く終了できました。ただかなり疲れてしまい、温泉で身体を癒(い)やすことが必要でした。(^_^;)



 翌日は富良野スキー場の北の峰ゾーンへ行きました。
 富良野スキー場は1912年(明治45年)に登山愛好家たちが北の峰の冬山を山スキーで滑ったことから始まります。


    富良野市博物館

 1947年(昭和22年)に全道滑降競技会が開催され以後大きな大会が毎年開催されるようになりました。1977年(昭和52年)にスキーワールドカップ大会が開催され、以後10回も開催されています。
 ゴンドラやリフトで乗り合う外国の方は口をそろえて富良野の雪質をベリーグッドとかアメージングと言います。本当に素晴らしいゲレンデでコース途中からは富良野の町へ飛んでいくような感覚になる景色も見られました。





 4日間の中では天候が心配される日もありましたが、幸いに全日順調に滑ることができました。十分に楽しめ満足できたスキーでした。



 友人のスキー (^_^)/  
 私のスキー  (^_^;)  

 3日目に富良野ゲレンデに戻る連絡リフトに乗っている時、リフト下のコース外を滑っている外国人スキーヤーが数名いました。危ないなと思うような技量で心配しました。安全に楽しみ良い思い出を持って帰ってほしいですね。(^_^)


      




         tokidoki

                        
  2026.1
 

 令和8年1月、富良野スキー場に行きました。2006年2月以来20年ぶりのスキーとなります。滑れるのだろうか?不安だらけのスキーでした。



 前年の暮れ、久しぶりにテレビで「北の国から」の再放送がありました。主人公の小さな純と螢が富良野で生活し成長していく姿が映し出され懐かしさとともに楽しむことができました。富良野は家族で訪れたこともありましたが、また行ってみたいという気持ちが起こりました。そのことを友人に話したところ、スキー好きな彼も富良野でスキーをやってみたいという気持ちを持っていたことが分かり話はスムーズに進んでいきました。



 久しぶりに乗った羽田空港から新千歳空港までの飛行機には外部カメラが備え付けられ尾翼からも飛んでいる様子が映し出されるようになっており迫力があってびっくりしました。空港からはリゾートバスで富良野に向かいます。2時間ほどの行程ですが雪の風景が広がり気持ちが高まります。



 昼過ぎに富良野プリンスホテルに到着しました。ここで準備をしてスキーとなりますが、もう滑ることはないだろうと処分をしてしまった私はレンタルスキーを借りました。細く長い板で滑っていた私は短く幅広のスキーにびっくりしました。こんなになってしまったんだと時の流れを感じずにはいられませんでした。



 さらに違和感は続きます。スキー場に立ってみると私は毛糸の帽子にサングラスという姿なのですが、スキーヤーもボーダーもそのほとんどがヘルメットを着用していました。ヘルメットを着用しないと滑ってはいけないというルールができたのかと思ったほどです。(-_-;)



 そしてゴンドラを並んでいる列では、英語、中国語、聞き慣れない言葉が飛び交っています。ゴンドラやリフトに乗り合わせた人の国もオーストラリア、ドイツ、アメリカ、カナダ、中国と様々で日本人と乗り合わせたのは一度だけでした。スキー場に来ている人の7割から8割が外国人という様子にもびっくりでした。



 後ほど入ったホテルのお風呂でも外国の方がまったく違和感なくお湯につかっています。露天風呂で一緒になった方は頭にタオルを載せ雪の交じる冷気と温泉の暖かさに気持ちよく目をつぶっているのでした。日本人とまったく変わらないですね。温泉の楽しみを知ってリピーターになる外国人もきっと多いのだと思いました。



          

     
tokidoki