何とか3時の終了を本部へ伝え迎えに来てもらえることとなりました。家の方はみんなの飲物を買って下さいと現金を渡そうとするのです が、皆さんでそれはお断りしました。これだけやってもらったのにと口にするのですが、まだ家にも家財にも多くの費用が必要となるはずです。皆さん同じ気持ちでお心だけいただきますと言って分かれました。
今回のボランティアを通じて災害の現場に行けば、何か手伝えることがあるものだということが分かりました。まず自分の体調を整え行ってみること。それが大切です。また若い人達が 参加してくれると現場が明るく活気がわくと感じました。私もそうですが退職後の同じ年代は結構身体に負担を感じ、溜息をつく時が一緒だなと笑い合うようでした。明日からの筋肉痛をどう癒やそうかと考えながら帰路につくのでした。

2度目の
ボランティア!
10月14日体力を戻し、体調を整えてから再度常総市へボランティアに行きました。今度は相模原市に問い合わせ、茨城県から災害派遣等従事車両証明書に関わる災害ボランティア証
明書を発行してもらい、消防本部にて高速道路の通行証を往復発行していただきました。これ により多くの費用をかけなくてもボランティア に参加する方法があることが分かりました。
9時に受付でしたが以前と比べて人数がずいぶん少なく感じました。今度のボランティアは5人で家の片付けということで派遣されました。 リーダーを皆さん遠慮したので今回は自分が行
います。家はお年寄りの一人住まいでしたが体 調をくずし、入院していて親戚の方が一人で片付けをしていました。この家はお住まいの方が入院してしまったのでその後片付け要請もなされず、遅れてしまったとのことでした。
家から濡れて駄目になった物を運び出すのですが、布団、畳の重いこと。腰を痛めるほどでした。5人ががりでも少しづつしか片付きません。途方に暮れてしまいました。昼頃に応援が5人来て、 荷物の捨て場にゴミを運ぶ作業に移れました。
さらに女性が2名来てくれ、台所付近の清掃をお願いしました。女性が来たことでトイレの確保も必要となり、近所のすでに生活されているお宅にお願いをすると快く承知していただけほ
っとしました。暑いこと重い物を運ぶことが多く、皆さんの体調を観察しながら休憩の指示をしたり、次の仕事を家の方に聞き割り振るなど気を遣うことが多かったです。

この地域では濁流が1m20cmにもなり、 命の危険を感じたそうです。家の1階はほとんど浸水し、そこにあった家財はすべて水につかったそうです。また納屋にしまっていたトラクターや農耕機具、乗用車は全て使えなくなり、 水田も水につかったため米の収穫は出来なくなってしまいました。何から手を付けて良いか分からず困っている様子でした。
10名の手で行われた作業は順調に進み、床板はすべて取り除かれ、泥の撤去もかなり進みました。私の作業も危険な釘を全部取り除き、板の洗浄まで終わりました。途中の昼食時には少しお話しもしましたが、やはり疲れていて健康状態も心配だし、いつまで続くのかという不安をお話しされていました。励ますような言葉もありましたが、やはり被害のひどさにみんな黙りがちになってしまいました。

この日は暑く水分補給は欠かせないのですが、近くには自動販売機もコンビニも営業しておらず自分の持って行った飲食物が大切でした。3時に終了すると家の人からは深く感謝され、私
達も頑張って下さいと声をかけて家を離れました。
ボランティアセンターに戻ると高速の無料券配付があることを知り早速手続きをして帰路につきました。さすがに疲れていてサービスエリアで一眠りして8時過ぎに自宅に帰りました。 自分の体力も大変だったのですが長期にわたる復旧作業に追われなければならない被災した方々は精神的にも辛いことが肌で感じる1日でした。
災害ボランティアに
参加して!
平成7年1月17日 兵庫県南部を中心とする阪神淡路大震災が起きました。その時私は自分に何か出来ることはないかとずいぶん考えました。しかし仕事の場を長期に離れることは難しい状況にあり、残念ながら寄付ぐらいしか出来ませんでした。
それは平成23年3月11日に起こった東日本大震災でも同じで、本当に無力感を感じました。その後退職をしたときに自分にやれるボランティアをずっと考えていました。平成27年9月に関東・東北豪雨により茨城県常総市の鬼怒川が決壊し、多くの被害が出
てしまいました。その時この距離ならボランティアに参加できると判断し初めて参加することにしました。
9月28日5時半に出発し高速道路を使って常総市に入りました。町中の道路の横にはたくさんのゴミが出されている状況で、消毒剤が撒かれていました。駐車場に着くとバスに乗り換え、ボランティアセンターへ向かいます。受付ではすでに多数の人が並んでいました。受付ではボランティア保険にも入るよう指示されました。
手続きを済ますとマッチングセンターで派遣場 所を待ちます。またそこではボランティアの心構えなども説明を受けました。被災した人への 配慮事項です。態度、言葉遣い、相手の希望す るボランティアを行うことなどです。
しばらくすると10名が指示されバスに乗り込みます。他の場所へ向かう方も一緒となり26名がバスに乗り込みました。バスを運転する方もボランティアでした。私の降りた場所は水田の中に立つ農家でした。10名の皆さんと一 緒に降りリーダーとなった方が被災された家の人にボランティア内容を尋ねます。仕事の内容は家の床板はがしと床にたまった泥の撤去などでした。私ははがした床板の釘抜きと洗浄を担当しました。


H27(2015).10