H2(1990).12

  温かい牛乳

 私の母は若いうちから売店や工場で働いていました。働くことがとても好きだったように思います。母は売店で働いている時には笑顔でお客さんと接しいつも楽しそうに話をしていました。また売店が閉鎖され工場で働くようになった時には、使っていた機械の排出口に吹き出す液体を減少させるカバーを提案したそうです。そのことで従業員への負担が少なくなり会社から賞をもらえることになりました。その時母はずいぶん家族に自慢していたものです。
 また母は世話好きでした。近所の人にもいろいろ声をかけるし誰とでも話をすることから友人の多いことにもびっくりしたものです。冬の寒い日など牛乳配達に来た少年に牛乳を温め飲んで行きなさいと出すこともよくあったようです。

 

 そんな母も五十歳近くなるとさすがに雇ってくれる会社も少なくなり、新しい仕事場を探すことは難しくなりました。再就職の会社をまわっている時のことです。ある日仕事が決まったと家族に報告がありました。面接の時とても良い条件を出してくれたので母はびっくりしたそうです。するとその会社の社長さんが母にこう言ったそうです。

「私のことは覚えていないかも知れませんが、昔私が牛乳配達をやっていた頃、冬の寒い時に何度も温かい牛乳を飲ませてもらったことがあります。その時は本当にありがたかったです」

 母はあの時の少年を思い出したそうです。社長さんは採用を告げてくれました。

 母はその後この会社で働き、今は仕事をやめています。でも選挙事務所の手伝いや老人会の旅行など相変わらず忙しく動いているようです。性分なのですね。